ちょっといい話

「泣かせる話」(2)


 あたりはもうすっかり日が暮れて薄暗く、家路を急ぐサラリーマンが慌しく行き交っていました。JR新大阪駅の階段を同行者の一群と降りながら、ふと心に残ることがありましたので声をかけました。
「お疲れのところ恐縮ですが、よろしかったら、少しお話を聞かせて頂けないでしょうか。」
 私は唐突に彼女に申し入れをしました。私に何か?と戸惑いながらも「少しの時間ならいいですよ」と彼女は気持ちよく受け入れて下さいました。

 とある地下食堂で、ささやかな食事をしながら、私はいきなり「貴女はこのお仕事がとても好きなのですね。今まで多くの方を見てきましたが、何か、何処か違うように思えるのです。ご年配の方への応対には、特別な優しさが感じられます。その辺りよろしければ・・・」と切り出しました。
 さる会社の工場見学に同行して頂いた旅行会社の添乗勤務の女性が彼女なのです。
 彼女は静かに、でもよく分かる口調で・・・
「私は家庭の事情で両親と離れて小さい頃から祖父母の家で育ちました。とても可愛がってもらい、特に祖父にはいろんな所に連れて行ってもらいました。ですから、一度も寂しいと思った事はありませんでした。
 高校を卒業してある金融機関に就職をしました。仕事にも慣れ少し心にゆとりも出来ましたので、暫くして今までの御礼にと、祖父を海外旅行に誘いました。祖父にとっては、勿論初めての経験だったのですが、生き生きとしたその嬉しそうな顔が余りに印象的だったので、こんなに喜んでくれるなんて・・・
 私は感動してしまいました。よし!旅行会社の添乗勤務の仕事をしよう、そして多くの人に旅行を楽しんで頂こう、特にご年配の方には旅行を通して、楽しく豊な老後を過ごして頂こう。あんなに今までご苦労をかけたのだから。私は転職を決意しました。」
「勤務は大変でしょう。」
「・・・いいえ、一度も嫌だと思った事はありません。ご年配の方のお世話は私の生甲斐ですから。」
 彼女は淡々と語ってくれました。そしてこんなエピソードも紹介してくれました。

「何年かが過ぎ、祖父の痴呆が進んできたある日の病室の事です。
『スチュワーデスが迎えに来るから荷物を片付けないと・・・』
・・・懸命に祖父が・・・」
彼女の目が潤んでいました。その日は彼女が訪れる日だったそうです。
「祖父は私がスチュワーデスだと思っていたのでしょうか。」
恥ずかしそうな彼女の顔。年老いて病んだ彼の脳裏には、楽しかった旅行の思い出が鮮明な映像として、瞼に焼き付いていたのでしょう。
 私は胸が熱くなりました。お爺様も貴女のような優しいお孫さんがいらして本当に幸せですよね、いいお話本当にありがとうございました。この仕事を通して多くの人に幸せを、特に年配の方をよろしくお願いします。
 私はなにかとても温かい気持ちで彼女と別れました。
 とかく問題の多い今の社会にだって、いい人、優しい人って一杯いる筈です。只、目立たないだけなのかもしれません。
 社会福祉には、色々なシステムが開発されています。これを何兆円市場とか、産業とかいう言葉で表現するのには、なにか抵抗を感じます。
 福祉の原点はあくまでも人の心の問題でなければならないと思うからです。現代文明は、果てしなく人の暮らしを進化させます。それに逆らうように自然も、人の心の豊さも失われていくような気がします。地球は人間だけのものではない筈です。
 生命のあるもの、草や木や、あらゆる動物にも全て名前があります。名前がある以上、存在する権利もあると思います。
 21世紀の課題がこの辺りにあるような気がします。私たちの会社も、及ばずながらいろんな課題に真剣に取り組み、少しでも幸せな社会の実現のお役に立ちたいと思います。
 ご精読ありがとうございました。